【4】イギリスのフィッシュ&チップスがもたらした功罪

スコットランド旅行を記したエッセイ。毎週木曜日、日本時間の午後9時くらいに更新。全10回ほどの予定。


フィッシュ&チップスが結構好きだ。

いや、それほどでもないのだが、週一で食べることもあるので、かなり好きなのかもしれない。いつも食べ終わった後はこの上ない満足感とやりきった感があるのだが、次の日にはそれを懐かしく思い、5日目には口元が恋しくなる。7日目には頭の中まで一杯になり、「そろそろ行くか」と重い腰を上げる次第である。

ある種の中毒。

ただ、その7日目を超えると、不思議なほど興味をなくしてしまう。案外おだらかな関の山。幸運にも、フィッシュ&チップスに溺れたことはまだない。

 

あるいは、「溺れられない」とも言える。

二日連続で食べただけでも、胸は苦しくなるし、おなかの張りは増える。フィッシュ&チップスについて英国に留学してる日本人に聞くと、たいてい強調されるのは二つに一つ。

「案外うまい」もしくは、
「油っぽい」。

解説の必要もないだろう。フィッシュ&チップスは、案外うまくて油っぽいものなのだから。それ以上でも、それ以下でもない。

 

僕は海沿いのフィッシュ&チップスについて、とても好意的で、幸せな記憶がある。

イギリス、グレートブリテン島の南西に、コーンウォールと呼ばれる場所がある。ニョキっと突き出した半島の端に位置するコーンウォールへ、学校の研修で行ったのだ。イギリスの食事に不安があった僕を連れ、ホームステイ先の家族が最初に向かったのが、とあるシーフード・レストランだった。

ガラス張りの店内からは、プロムナードを挟み海が見える。澄んでいて、穏やかな夏の海。

モダンな内装の店内では、地元で手に入った魚で作ったフィッシュ&チップスを楽しめる。大きくて浅いボウル形の黒い皿に、はみ出んばかりのフィッシュフライがのっている。サクッサクで、アツアツ。下敷きにはカリっと揚げられたチップス(イギリスでは希少種かもしれない)、ベジタブル・チップスも混じっている。レモンを絞り、ところどころビネガーをかける。食べる。これがたまらなくうまかったのだ。

 

だから僕は、少し幸せな仮説をたて、そこに妙な自信を持った。

「スコットランドへ行けば、きっとうまいフィッシュ&チップスを食べれるに違いない。」

そもそも、フィッシュ&チップスに使われる魚はタラが一般的だが、その漁獲地は北海周辺と言われている。スコットランドの沖合だ。ヤバいなとは思いつつ、結局は二日に一回はフィッシュ&チップスを食べることとなった。

 

イタリアンの店のフィッシュ&チップス

スコットランド最初の3日間は、ハイランド内陸部を徘徊していたのだが、そろそろ海岸沿いを走りだす必要があった。Invernessでガソリンを満タンにした後、NC500をたどり、北海岸を抜け、西海岸にあるスカイ島、そしてアイラ島へと走り出した。

【3】NC500 - スコットランドが送るイギリス版「ルート66」の答え
スコットランド旅行を記したエッセイ。毎週木曜日、日本時間の午後9時くらいに更新。全10回ほどの予定。 「ルート66」と呼ばれる道が...

とある本には、僕の仮説を裏付ける証言があった。

NC500(The North Coast 500)沿い、特に北海岸と西海岸では、おいしいシーフードを食べるのは難しいことではない。海岸沿いで町を見つけたら、そこには必ず、おいしいフィッシュ&チップスの店が一つはある。港の近くが狙い目だ。

ちなみにスコットランドでは、フィッシュ&チップスではなく、Fish Supper(フィッシュサパー)と呼ぶこともある。しかしFish supperでは時に、セクシャルな表現にもなるようだ。あえて深堀りしないことにする。

 

最初のフィッシュ&チップスは、Invernessにほど近い町で見つけた。

大通りをあえてはずれ、片道一車線の道を走り村から村へと走っていたのだが、やはり村では規模が小さすぎるようだ。しょうがないから、ちゃんとした町っぽいところで駐車場に車を停め、町のメインストリートを歩いてみた。

しかし、どうやらフィッシュ&チップスの店が見当たらない。

いや、ある。あるけれど、明らかにおいしくなさそうなのだ。赤と緑の看板には、Fish & Chipsとゴツゴツと書かれ、その横にはItalianとも書かれている。これは違う、絶対違う。

でもその日、山の中から出てきた僕は、どうしてもフィッシュ&チップスを食べたかった。時間的にも、これ以上は待てない。背に腹は代えられぬ。イタリアンフィッシュ&チップスの店に入り、cod(タラ)のフィッシュ&チップスを頼んだ。

フィッシュ&チップスとケバブを売ってる店はよく見るが(たいていおいしくない)、ピザやその他イタリアン・テイクアウェイと共にフィッシュ&チップスを売ってるのは、初めて見た。ただ、頼んでから作り出していたから、できたてが出てくるのは間違いなさそうだ。

5分、いや10分近く待ったと思う。
やっとの思いででてきたフライは、箱に入れられていた。町の通りにあるベンチに腰掛け、待ちきれないとばかりに開けてみた。

 

唖然、である。

白身魚は見たこともない色の、フィッシュ&チップスとは思えないスムーズな衣を身にまとっていた。パリパリの衣と魚の身の間には、なにやらベチョっとした黄色い粘着物もある。勘というのは、時に正しいのである。

イタリアンのテイクアウェイで、フィッシュ&チップスはもう一生買わないと心に誓いながら、黙々と食べた。そういや、港はなかったし、細かく言うと海岸沿いでもなかったのだが…。

 

地元の人の勧めるフィッシュ&チップス

“Ullapoolには、とてもおいしいフィッシュ&チップスがあるよ。NC500沿いでは、そこが一番。”

グレートブリテン島最北端に最も近いAirbnbの宿に泊まっていた時に、そこの主人がそう教えてくれた。

実をいうと、Ullapoolと言っていたのかどうか、北海岸を走っている内に忘れてしまったのだが、地図で指さしてもらった辺りで町らしい町が、Ullapoolしかなかった。だから、まあ合ってるだろう。

町のほぼ中心部にある大きな駐車場に車を停め(北海岸やハイランドには、町中に大きな無料駐車場がよくある)、フィッシュ&チップスを食べに行く。

「スコットランド北部海岸沿いの町には、必ずおいしいフィッシュアンドチップスの店がある。港沿いが狙い目だ。」

その言葉を具現化するように、そのお店はあった。

“The Seaforth Inn”という。パブのような店内でも食べれるのだが、港の目の前に晴れているのなら、是非テイクアウトにしたい。横にテイクアウト専用のカウンターもある。

「Salt and vinegar?(塩とビネガーはいる?)」
「Vinegar, and a bit of salt please.」

いつも、突然聞かれる。
いつも、焦って答える。
僕は塩を少なめに入れてもらうのが好みだが、まあこだわりがないのなら、「Yes please.」と答えれば、勢いよく両方をふりかけてくれる。

箱に入ったフィッシュ&チップスを手に入れると、すぐそこにある海沿いへ行こう。心配しなくてもいい、ベンチは幾らかある。箱から伝わる温かさと共に、少し潮っぽさの混じった香りが伝わってくる。しかるべき場所に座り、箱を開け、その香りを開放する。もうダメだ。あとはその大きな白身魚のフライと、ざっくりと入れられたフライドポテトを、ただひたすらに食べていく。

魚とポテト。
単純で、幸せなのだ。

 

Award Winning Fish & Chips

スコットランドのフィッシュ&チップス界にも、賞というものがある。どこにでもフィッシュ&チップスがあるからこそ、競争があり、争いがあるのだ。

「イギリスってaward winning好きやな」と友達にツッコまれたが、まあ日本だってB級グルメグランプリ〇〇賞受賞なんて、やってるじゃないか。どこも似たようなものである。

そして往々にして、大胆に宣伝されるほどおいしいのかは、怪しいのである。

 

しかし、ここは誇張宣伝では、少なくともなさそうだった。

 

場所はOban。
スコットランド西海岸にある街で、何を隠そう、シーフードの街として有名だ。

「スコットランドにおけるシーフードの首都は、Obanにある。」と言われるほど、ここのシーフードは充実している。イギリスでも一番だと宣言してもいい。獲れたての牡蠣やカニ、ムール貝、サーモンなんかを、本当に楽しめる。イギリスにこんなところがあったとは…。

もちろん、フィッシュ&チップスも負けてはいない。
いや、むしろコテコテに揚げてしまうのはもったいないとさえ思ってしまうのだが、やはり素材が良いと、揚げる側もこだわってくるのだろうか。3世代続くフィッシュ&チップス屋なんかもあった。

 

目当ての店を見た時に最も安心したのは、その雑多感だった。

フィッシュ&チップスはやはり、少し雑多としたところで買うべきである。綺麗に内装が整えられた店内で食べると、少し感覚が狂うのだ。それはいわゆるフィッシュ&チップスではなくなり、何かもっと”ちゃんとした”ものとして捉えられてしまう。

店の中に入ると、4人の若いお兄さん達が、せっせと対応していた。カウンターの前には数人、所在なさげに立ちすくんでる人もいる。きっと、お持ち帰りで頼んだのだろう。外では雨がパラついていたので、僕はそのまま中に進んだ。

「メインシェフが体調を崩してて、今日のメニューは限られてますが、よろしいですか?」

一人の店員がやってきて、まるで飼い猫がしばらく何も食べてないのを心配するような顔をして聞いてきた。

僕「タラのフィッシュ&チップスはありますか?」
店員「はい、あります!(にっこり)」
僕「じゃあ大丈夫ですね。それをお願いします。」

店員は世界の破滅が一日先のばされたを知ったかのように、満足げに帰っていった。メインシェフがいないと提供できないフィッシュ&チップスがあっても良かったが、今は食べれることに、とりあえずホッとした。

魚の形をした皿がかわいい。8.7ポンド。安いとは言わないが、高すぎではない。ロンドンにはもっと高くて、新鮮でないものがある。

本当に魚がおいしかった。
フィッシュ&チップスにおいて、魚の新鮮さは大切なようだ。たとえ200℃の油で何分にもわたり、揚げられるのだとしても。サクサクの衣に、ジューシーなタラの身が埋まっている。それを支えるように、チップスが集っている。これこそが、正統派フィッシュ&チップスと言えよう。

 

最後の一口はいつもはフライドポテトで締めくくるのだが、今日の最後の一口は、魚のフライだった。

 

食後はObanの街や蒸留所をぶらぶらとした。

しばらくグダグダできるだけの楽しみがある。
港にシーフードの屋台がある。後でTwitterで見たのだが、”Seefook Hut”という名前の店らしい。緑色のテントの下、立ち食い席しかないのだが、そこで食べる牡蠣・カニ・エビは最高だった。非常にうまい。安い。(牡蠣一つが1ポンドもしないのだ…!)

イギリスってこんなに飯のうまいとこやっけ?

本気でそう感じられる。

 

 

こんな感じで、いたるところでフィッシュ&チップスを食べては、その味に一喜一憂していた。

スコットランドでの最後のごはんにも、フィッシュ&チップスを食べた。たくさん食べた。モグモグ。満足感を得て幸せな帰路になるはずだったが、どこか物足りない気持ちになった。

家に帰ってきても、フィッシュ&チップスが食べたかったのだ。
それはつまり家の近くでいつも売ってる、油まみれで紙に何重にもくるまれた、サクサクの分厚い衣と少しへにょっとしたあのフライドポテト、そして乱雑にかけられたソルトアンドビネガーである。スコットランドで食べた物ほど新鮮ではないし、高くもない。意外とうまく、油っぽい、イングランドの町には必ず一つはあるんじゃないかと思う、ただの普通のフィッシュ&チップス。

 

ハッ。気づいた。

悲しい事実だ。
英国で過ごしている内に、僕はこの”完璧ではない”フィッシュ&チップスに、慣れてしまったようだ。

 

第四回あとがき

耐えられなくなって、スコットランドから帰ってきた数日後に、またフィッシュ&チップスを食べに町の中心部へ行きました。しかし、いつも行くお店が夏休み中。こんなもので残念に思ってしまう自分が、なにかもったいないなーと感じたのでありました。

最後に紹介した、ObanにあるAward winning fish and chipsの店。店名もストレートでした。

店名:Oban Fish and Chips
住所:116 George St. Oban, Scotland  PA34 5RU

なぜかは知らないですが、アイスクリームもおいしいとのこと。

以上、わたぽんでした。ほなね!



わたぽんの簡単な自己紹介

わたぽん(@wataponf1_uk)
高校生の時に「F1マシンをデザインしたい!」という夢を抱き、F1の中心地:イギリスへ。サウサンプトン大学で宇宙航空工学を専攻中。未熟で失敗ばかりするも、その度に這い上がってきた。そして渡英4年目には、念願であったF1チームでのインターンも獲得。自分と未来を信じて、夢は叶えられると証明したい。詳しいプロフィールはこちら

ブログ「わたぽんWorld」について

僕、わたぽんの「F1のエンジニアになる」という夢を叶える道を綴るブログ。2014年に運営開始。夢に近づけば近づくほど、更新頻度が減っていきます。
テーマは夢とイギリス留学。僕の生き方が励みになると言っていただくことが増えてきて、とても嬉しいです!

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プロフィール

わたぽん(@wataponf1_uk)

高校生の時に「F1マシンをデザインしたい!」という夢を抱き、F1の中心地:イギリスへ。サウサンプトン大学で宇宙航空工学を専攻。そして渡英4年目には、念願であったF1チームでの1年インターンも獲得。現在は卒業し、日本でF1から離れ生活中。 詳しいプロフィールはこちら


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