プロフィール

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こんにちは、イギリスで大学生してるわたぽんです。

ブログに来てくださり、ありがとうございます!たとえ僕を陥れようという魂胆で来た方でも、とりあえず出迎えます。ようこそ。

自己紹介は得意ではありませんが、とりあえず書いてみます。

  • 産まれた年:1995年
  • 出身:京都市
  • 高校:立命館高校(Super Science Courseと名の理系のコース…)
  • 大学:University of Southampton
  • 専攻:Aeronautics & Astronautics (航空・宇宙工学)
  • 得意なこと:しつこく食い下がる、アイデア出し、アイデア整理、無意味に記憶すること
  • 嫌いな食べ物:玉ねぎ
  • イギリスでよく食べる物:サンドイッチ、ケバブ、ナッツ
  • 将来の夢:F1の世界でレースカーをデザインして生きてく
  • ブログ開始日:2014年4月頃
  • Twitter: @wataponf1_uk
  • Instagram: @watapon.f1

 

基本的に不器用です。もし器用なら、多分今頃イギリスの大学にはいないでしょう。きっと、”大学生らしい”大学生であったと思います。しかしそれができなかった。不器用だからこそ、こんな生き方をしているのだと思います。

こっからもうちょっと掘り下げて書いてきます^^

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わたぽんのこれまで

生い立ち – 変な子だったと思う

お箸をうまく扱えず、先生に手を叩かれる。
運動は全くダメ
怖いところもダメ
一人でトイレに行けず、個室の中で泣いていた。
とにかく泣いていた。

僕の保育園時代は、そんな感じです。ダメダメでした。将来も不安視されました。あまり保育園が好きだったとは言えません。でも、親が共働きだったため、毎日誰よりも早く保育園へ行き、日が暮れてから帰る生活。

でも、一つだけ誰よりも知っていたことがあります。

それが、電車について。

電車だけが大好きで大好きで、毎日飽きもせず、電車のことばかり考えてました。電車バカ。電車の種類もいくらか知ってたし、切符に出てくる駅名も覚えてました。漢字であろうと。

それを見た親が、電車のパズルを買ってくれたのを覚えてます。小学生でも難しいと言われてるやつを、楽しんでやってた変な子でした。親も不安だったそうです。

ちなみに性格は温厚そのもの。
暴力とは程遠い世界の人間。えらいえらい。

 

小学生時代 – 勉強と野球が変えた性格

小学校に入る頃、そのパズルが”日本地図”にすり替えられていました。
僕は楽しんでやりました。

同時に、「こっきのえほん」という、ただひたすらに世界中の国の国旗と国名、その国の位置が描いてある絵本も愛読しました。なぜかは覚えてません。毎日見てた。面白かったんです。おかげでアンティグア・バーブーダやドミニカ共和国という国が中米にあるということを知ってましたし、ケニアの国旗もほぼ忠実に描けました。今は無理。

学研のビデオについてた”掛け算のビデオ“も好んで見て、一年生ながら掛け算もすべてできてました。何もできなかった僕ですが、”学校の勉強”だけは誰よりもできてました。

入学時には平仮名も危うかったのに、不思議。

小学校一年生の終わり頃、親に地元の個人塾へ連行されました。

入塾テストやらを受けた後の帰り際、受付に置かれていた地球儀に、僕は興奮しました。今でも覚えてます。地球儀に書かれていないようなほど小さな島国を、誇らしげに言ってた自分。

その時塾長が、
「これは面白い子や。」
と思ってくれたそうです。おかげで後々、誰よりも面倒を見てもらえました。ラッキーラッキー。

同時期に大手の塾へも入塾テストへも連行。「難関中学合格できますよ」とか言われてましたが、なんか嫌って言って行きませんでした。この頃からへそ曲がりの片鱗を見せてます。

 

もう一つが野球。

小学校二年生の4月、お父さんに甲子園球場に連れてかれました。運動音痴、嫌いの僕は最悪…だと思ってたのですが、案外楽しんだのを覚えてます。「阪神vs広島」でしたね。よく晴れた日曜日のデイゲーム。広島の3番には、後に阪神にも来るアンディ・シーツ選手がいて、ヒット2本か3本打ってました。

そこから野球にハマります。

特に、左投げかつスクリューウォーターのジェフ・ウィリアムズ投手が大好きでした。やっぱりへそ曲がり。
彼の投げ方を真似してたら、いつの間にかドッチボールで強くなってました。自信を持った僕は外でスポーツ系の遊びもするようになり、人並みに運動できるようになってきました。というか以前が勘違いしてただけみたい。

自分でも驚き。ウィリアムズ様様。

この年、阪神は18年ぶりのリーグ優勝。日本シリーズ最終戦、僕はサッカーの壁あての練習中に骨折して病院で負ける様子を見てました。

ちなみに二年後の2005年、阪神はまたも優勝してます。日本シリーズ第5戦のチケットを取ってウハウハだったのですが、まさかの4戦4敗で阪神敗退。くっそわろた。

 

そういや車との出会いも二年生の時。

家に唯一あったゲーム機、プレーステーション(初代)を使って遊びたかった僕に、待望のソフトが誕生日にプレゼントされました。それが「グランツーリスモ2」。レースゲームです。

3~4回ほど全クリするほどやりました。というか親がプレステ以外のゲーム機買ってくれなかったから、これか、パワプロの1998年~2001年版を、2006年頃にするしかなかったのです。
スポーツカーはこの時から好きでした。スカイラインGT-R R34とか、言葉失うほど良いですよね。

 

後のことは簡単に言うと、給食をいつも残すことで他学年でも有名に。あと遊ぶの大好きで、特にキャッチボールと自転車乗るのが大好き。家にいても野球したかったから、友達と風船で野球もどきしてました。常にプレーヤーは二人。シュール。

勉強は小6の10月までそこそこやってたのですが、その辺で塾長に「君はこのままだったら志望校に落ちる」と脅され、11月から猛勉強。でもやっぱり第一志望には落ち、第二志望、というか唯一京都市内でマシそうに見えた2校の内の一校に行くことになりました。というのも、地元の公立中学に進みたくなかったんです。サッカーでゴールミスっただけで、飛び蹴りされると聞いて。笑

 

中学時代 – ソフトテニスと挫折

部活のソフトテニス中心の生活。

最初こそ勉学超優秀だったのですが、ほら、いるじゃないですか。どんどん成績落ちてく奴。あれです。赤点は取らないまでも、その一歩上まで落ちました。

一方、読書にハマりだします

中学一年までは一切の文章を受け付けなかったのですが、二年の時に「わしらは怪しい探検隊」という本を読んでから、一日一冊のペースで読んでました。これは面白いと。

周りは「図書館戦争」とか読んでたんですが、僕は村上春樹小説あたりに手を出していたから、喋れる人もいません。てか僕も理解してません。とにかく読んでました。他には「温泉の科学」とか。おっさんか。

 

中二の終わり、なんとなくこのままじゃヤバいなと思い、小学生の時に行ってた塾に、再度、通いだします。

以前仲良くしてた友人と久々の再開。僕は優秀な生徒だったので先生からの扱いも良く快適…だと思ってたのに、2年間でさっぱり勉強できなくなってました。

小学生の時は圧倒的に僕の方が勉強できてたのに、いつの間にか周りの方が勉強できてる。

 

やだ。

 

ってことで塾を1週間でやめました。入塾金、教科書代などすべて払った後。お父さん、お母さん、ごめんなさい。でももうあれ以上、他人との差を見せつけられた状態でやってくのは不可能でした。小さな挫折。

その代わり、中高一貫だった学校で、通常のコースより少し発展した内容をやると謳ってる「スーパーサイエンスコース」に行くことにしました。正直科学への興味も薄かったし、国際性とか謳ってましたが英語も大っ嫌いだったので、やってけるか超不安。でも、部活もやりたくなかったし、ちょうどいいやと。どうしようもない子です。

ちなみにソフトテニスは、京都市大会ベスト16までしか行けませんでした。無念。

 

高校時代その1 – F1との出会い

高校に入るといきなり、タイの高校から10人の交換研修生がやってきました。

英語が苦手だったので、最初は「嫌やなあ、ダルいなあ」と思ってた僕。ですが最初に仲良くなった友達がホストファミリーとして受け入れてたので、なんとなく関わることに。

「嫌やなあ」と思ってたのに、結局3週間で2回もカラオケに一緒に行きました。めっちゃ仲良くなってるやん。英語、ちょっと勉強しよかなと思いましたね。

 

同時期、高校最初の試験前一週間。

歯磨きしながらボーっとテレビを見てたら、たまたまF1がやってました。

F1との出会い。

F1を初めて見た時、全てはここから始まった。
2011年5月8日 なんでもない日曜日。いつもと変わらない日曜日。ゴールデンウィーク明けのダルさがまだ体に残っている。 その日もな...

そこでF1にハマり、その頃やっと覚えたネットで情報収集をしつつ、約二週間ごとのレースを楽しみにする生活が始まり。

周りにこの面白さを話してみるも、誰も理解してくれない。
へそ曲がりな僕は、余計にハマっていきました。

 

で、その中間テストで結構頑張ったおかげで、夏休みに交換プログラムでタイに3週間行けることに。というのもうちのコース、政府から「スーパーサイエンスハイスクール」とやらに指定されてたようで、その補助金のおかげで格安で海外研修に行けました。タイ3週間、3万円ほどだったと思います。飛行機、宿泊、食費込。安すぎ。

そこで少しきっかけがあり、帰国後僕は、「人生で何したいんだろう」と悶々と考えてました。いや、小学校の時からずっと考えてたのですが、今回はもっとリアルに。そう、

F1のエンジニアになるか
世界を変えれるようなそれ以外の何かか

昔からずっと、どうせなら世界を変えたい、人類を救うような発明をしたいと思ってたし、そうするべきだと思ってました。でも、中々興味が注がれません。

一方、F1で働くのはこの上なく楽しそうだったけど、世界を救うどころか、その逆かもしれんと。

でも、好きなことを追い続ける方が良いな、面白そうやなってことで、F1のエンジニアを目指すことに。やっとこさ、今の自分に繋がりだします。

 

高校時代その2 – イギリス行きます

F1のエンジニアになりたいと思ったは良いものの、どうすればいいのか?
分からないから、とりあえずググってみました。現代っ子。

すると、Yahoo!知恵袋で、「F1目指すならイギリスへ行け」という回答が。

「よし、これはイギリスへ行くしかない」

ということで高1の秋頃、少し迷った挙句、イギリスの大学へ行くことを決意します。F1目指して。F1見出してから半年ほどの頃。

 

秋から冬にかけては、ずっとリサーチ。同時に勉強にも本腰を入れ始めました。

冬に親に打ち明けますが、以前塾を1週間でやめたこともあって、無視されます。「なに戯けたことを」と。

でも諦めきれないので、春には一人でイギリス留学フェアにも行ったし、親にも自分はできるんだ、こうするんだというプレゼンをしました。

勉強やその他の成果も出だし、高2は楽しかったです。
研修ではオーストラリアや中国に行き、課題研究もうまくいき、苦手だった英語は学校でも5番以内に入ってました。留学経験者や自称英語好き・得意を抜いて、”英語嫌い・英語苦手”の僕が入り込んだので、笑われました。

それを見て親も認めてくれ、そこからはぶっきらぼうながらも、必要な時には手助けしてくれるようになりました。

最終的に、高3の1月に、F1のエンジニアを多数輩出してることで有名なサウサンプトン大学から仮合格ゲット。サウサンプトンにしかapplyしてなかったので、ホッとしました。なんで滑り止め受けへんかったんやろう…。

 

イギリス一年目 – Foundation Course(とギャップイヤー)

ギャップイヤーは、3つのワードでまとめられます。

  • バイト
  • ブログ
  • 彼女

とりあえずお金がなかったので、まずバイトを始めます。あと、飲食業で一度働いてみたかったので。でも、バイトでひどい目に合って、こりゃどうしようかと思ってたところに、Twitterから光が差し込みました。

 

「自分の好きなことで稼げる方法ありますよ。」

 

絶対危ないやつ。
危ないけど、暇やしやってみようと、連絡してみました。そこで紹介されたのが、ブログ。僕の人生を大きく変えた、もう一つの時です。

このブログは当初、お金儲け目当てで始まったのです。意外かな?

今でも続けてるのは、自分のメッセージ・想いを、書き残していきたいから。お金儲けもたまに意識しますが、もうほとんどやってない…というかできてません。

同時期に、人生初の彼女ができました。てことで遊びまくりました。その後彼女とは遠距離恋愛になります。

 

そうして9月、イギリスへ飛び立ちます。

一年目はFoudnation Course(大学進学準備コース)へ。ですが、一年目は大失敗。最初の一週間以外は、ビビッて何も挑戦しませんでした。閉じこもってたし、英語も上達していない。正直、F1のエンジニアになるという目標も薄れてました。だめだめ。へなちょこ。

 

イギリス二年目 – 運が良すぎた

「ああ、なんもせんかったな」
と思いながら一年目を終えて夏に一時帰国。家族や彼女、友達に久々に会えたのは嬉しかったけれど、なんかずっとモヤモヤしてました。このままで終わりたくないなと。

他にも色々あって、秋にイギリスへ戻ると勉強に集中。

セメスター1は、毎日朝8時から夜10時までライブラリーで勉強。同時にF1を目指す上でほぼ必須である、Formula Student(学生フォーミュラ)も本格的に始めました。(学生だけでレースカーを作るサークルと言って、大きな間違いはないです。)

でも知識も英語力も圧倒的に足りなかった僕は、足手まとい。なはずだったのですが、もうじっとしていたくない!と出しゃばったら良いことありました。

おかげで一年後には、チームの一部門のリーダーに選ばれるまでなれます。(詳しくは以下記事に)

イギリスの学生フォーミュラチームで、チーフ空力デザイナーになりました
こんにちは、イギリスで大学生してるわたぽんです。今日は近況報告。 イギリス・サウサンプトン大学の学生フォーミュラチームで、チ...

選ばれるために必死だったし、選ばれてからの6月も毎日12時間車を作ってたし、まあとにかく必死でした。ついでにノリで日本のレース会社に連絡したら、インターンも取れたので、ノリに乗って帰国。

こんなレースバカになってたからか、彼女と別れました。ありゃ。

 

イギリス三年目 – 悔しさと自分との勝負

今です。

悔しいと言ってるだけじゃ何も変わらない
何も成果がないのに書くのって嫌なんですけど、やっぱり悔しいので書くことにします。 夏頃、僕は未来に思いをはせていました。 ...

世の中そううまくいきませんな。あはは。(どうしよう…(´・ω・`))

 

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僕には夢があり、夢を叶えるために好きに生きています。F1以外にも叶えたい夢100コというのも書きましたが、そろそろやりたいこと多すぎてパンクしちゃいそうです。やらなきゃいけないことじゃなくて、やりたいこと。

以上、簡単にですが、これにて自己紹介を終えます。よろしくお願いします。

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プロフィール

わたぽん(@wataponf1_uk)

イギリス・サウサンプトン大学でF1マシンをデザインするために勉強しています。京都出身ですが、古いものよりモダンさに魅かれます。ブログでは自分なりのクールを求めて、書いています。 詳しいプロフィールはこちら


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