Profile

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わたぽん – Wataru Kawamoto

1995年、京都市出身。
立命館高校スーパーサイエンスコース卒。15歳の時にたまたま見た自動車レース:F1に熱中し、F1のエンジニアとして働くことに憧れる。高校卒業を機にF1を目指し渡英。イギリスでの進学準備コースを受講後、サウサンプトン大学航空宇宙工学(Aeronautics & Astronautics)科に進学する。2年生時にはFormula Student TeamのHead of Aerodynamicsとして、マシン開発を指揮。チームに大きな成長をもたらした。2年生終了時にはその経験を手に、F1チームでの1年インターンシップを獲得し、今に至る。

過去には数学の研究でオーストラリア、イギリス、中国での発表をした他、日本でもいくつかの受賞経験あり。20の国と地域から高校生が集まる科学イベント:Japan Super Science Fairでは、生徒代表としてホスト校での役割をこなした。

 

 

…なーんて書いたら凄く聞こえますが、このブログを始めたのはイギリスに渡る前(2014年)。当初は何もできず、一時期は疲れたから日本に帰ろうかとも思ってました。しかしイギリスに来てから特に、「しつこく食い下がる、諦めない、やり続ける」ことが少しうまくなりました。物事への視点がいつもずれてるのも、助けになったよう。四面楚歌だったけど、必死にもがいてたらそこに運が舞い込んできた…というのが実情です。

 

このブログは、僕の足跡がちょこっと残るように、書き記されている場所。僕の夢を叶えるまでの記録であり、僕が夢を叶えた時に最初に報告する場。

同時にブログとしては主に、「F1を目指す人」「夢を叶えたいと頑張ってる人」「これから留学しようとしてる人、してる人」…そういう方たちの心に、何かしらの形で引っかかるようなブログになれたらと思っています。

もちろん、イギリスに興味がある人などもウェルカムです!

 

 

さて、ここからは僕自身のことを、もう少し細かく紹介してみようと思います。

かれこれブログの規模も大きくなってきたので、是非ごゆっくりしていってください。Shall we have a tea?

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わたぽんのこれまで

生い立ち – 変な子だったと思う

お箸をうまく扱えず、先生に手を叩かれる。
運動は全くダメ。
暗いところもダメ。
高いところもダメ。
一人でトイレに行けず、個室の中で泣いていた。
とにかく泣いていた。

僕の保育園時代は、そんな感じです。本当に、いつも泣いてた気がします。将来も不安視されました。あまり保育園が好きだったとは言えません。でも、親が共働きだったため、毎日誰よりも早く保育園へ行き、日が暮れてから帰る生活でした。

でも、一つだけ誰よりも知っていたことがあります。

それが、電車について。

電車だけが大好きで大好きで、毎日飽きもせず、電車のことばかり考えてました。

今でも覚えてます。僕は京都駅発の黄緑色の切符を見ると、とても喜びました。電車バカ。電車の種類もいくらか知ってたし、切符に出てくる駅名も覚えてました。漢字であろうと。

それを見た親が、電車のパズルを買ってくれたのを覚えてます。小学生でも難しいと言われてるやつを、毎日の楽しんでやっていました。思えば、良い頭の体操にはなったみたいで。
それでも親は不安でした。

「この子は外に遊びにいかないのだろうか?」と。

 

ちなみに性格は温厚そのもの。
暴力とは程遠い世界の人。えらいえらい。

 

小学生時代 – 勉強と野球が変えた性格

小学校に入る頃、そのパズルが”日本地図”にすり替えられていました。(親の陰謀)

僕は楽しんでやりました。(策略に見事に引っかかる息子)

同時に、「こっきのえほん」という、ただひたすらに世界中の国の国旗と国名、その国の位置が描いてある絵本も愛読しました。なぜかは覚えてません。毎日見てました。
面白かったんです。おかげでアンティグア・バーブーダやドミニカ共和国という国が中米にあるということを知ってましたし、ケニアの国旗もほぼ忠実に描けました。今は無理。

学研のビデオについてた”掛け算のビデオ“も好んで見て、一年生ながら掛け算もすべてできてました。何もできなかった僕ですが、”学校の勉強”だけは誰よりもできてました。

入学時には平仮名も危うかったのに、不思議。

小学校一年生の終わり頃、親に地元の個人塾へ連行されました。

入塾テストやらを受けた後の帰り際、受付に置かれていた地球儀に、僕は興奮しました。地球儀に書かれていないようなほど小さな島国を、誇らしげに言ってた自分。

きっと物珍しい子だったんでしょう。
塾長が、
「これは面白い子や。」
と思ってくれたそうです。おかげで後々、誰よりも面倒を見てもらえました。ラッキーラッキー。

この個人塾に通い出したことで、僕は小学校での勉強に苦しむことはありませんでした。同時に、僕の人生観に大きな影響を与えました。

 

もう一つが野球。

小学校二年生の4月、お父さんに甲子園球場に連れてかれました。運動音痴、運動嫌いの僕は最悪…だと思ってたのですが、案外楽しんだのを覚えてます。「阪神vs広島」、よく晴れた日曜日のデイゲーム。広島の3番には、後に阪神にも来るアンディ・シーツ選手がいて、ヒット2本か3本打ってました。

そこから野球にハマります。

特に、左投げかつスクリューウォーターのジェフ・ウィリアムズ投手が大好きでした。
彼の投げ方を真似してたら、いつの間にかドッチボールで強くなってました。横投げが珍しかったようです。自信を持った僕は、外でスポーツ系の遊びもするようになり、人並みに運動できるようになってきました。

 

この年、阪神は18年ぶりのリーグ優勝。日本シリーズ最終戦の日、僕はサッカーボールで遊んでたら骨折して、病院で負ける様子を見てました。

ちなみに二年後の2005年、阪神はまたも優勝してます。日本シリーズ第5戦のチケットを取ってウハウハだったのですが、まさかの4戦4敗で阪神敗退。くっそわろた。

 

 

そういえば、車との出会いも二年生の時。

家に唯一あったゲーム機、プレーステーション(初代)を使って遊びたかった僕に、待望のソフトが誕生日にプレゼントされました。それが「グランツーリスモ2」。レースゲームです。

3~4回全クリするほどやりました。というか親がプレステ以外のゲーム機買ってくれなかったから、これか、パワプロの1998年~2001年版を、2006年頃にするしかなかったのです。
スポーツカーはこの時から好きでした。スカイラインGT-R R34とか特に。

 

後のことは簡単に言うと、給食をいつも残すことで他学年でも有名に。遊ぶの大好きで、特にキャッチボールと自転車に乗るのが大好き。家にいても野球したかったから、友達と風船で野球もどきしてました。常にプレーヤーは二人。シュール。

勉強は小6の10月までそこそこやってたのですが、その辺で塾長に「君はこのままだったら志望校に落ちる」と脅され、11月から猛勉強。でもやっぱり第一志望には落ち、第二志望、というか唯一京都市内でマシそうに見えた2校の内の一校に行くことになりました。というのも、地元の公立中学に進みたくなかったんです。サッカーでゴールミスっただけで、飛び蹴りされると噂で聞いて…。笑

 

 

中学時代 – ソフトテニスと挫折

部活のソフトテニス中心の生活。

最初こそ勉学超優秀だったのですが、ほら、いるじゃないですか。どんどん成績落ちてく奴。あれです。赤点は取らないまでも、その一歩上まで落ちました。
中二で落ちる、中だるみ。

DEATH NOTE大好きでした。将来Lになりたいと思ってました。
中二で陥る、中二病。

 

一方、読書にハマりだします。

中学一年までは一切の文章を受け付けなかったのですが、二年の時に「わしらは怪しい探検隊」という本を読んでから、一日一冊のペースで読んでました。これは面白いと。

周りは「図書館戦争」とか読んでたんですが、僕は村上春樹小説あたりに手を出していたから、喋れる人もいません。てか僕も理解してません。とにかく読んでました。他には「温泉の科学」とか。おっさんか。

 

中二の終わり、なんとなくこのままじゃヤバいなと思い、小学生の時に行ってた塾に、再度、通いだします。

以前仲良くしてた友人と久々の再開。僕は優秀な生徒だったので先生からの扱いも良く快適…だと思ってたのに、2年間でさっぱり勉強できなくなってました。

小学生の時は圧倒的に僕の方が勉強できてたのに、いつの間にか周りの方が勉強できてる。

 

やだ。

 

ってことで塾を1週間でやめました。入塾金、教科書代などすべて払った後。お父さん、お母さん、ごめんなさい。でももうあれ以上、あの状態でやってくのは不可能でした。小さな挫折。

その代わり、中高一貫だった学校で、通常のコースより少し発展した内容をやると謳ってる「スーパーサイエンスコース」に行くことにしました。正直科学への興味は薄かったし、国際性とか謳ってましたが英語も大っ嫌いだったので、やっていけるかは超不安。

でも、部活もやりたくなかったし、今のコースのままじゃ合わない人多すぎるし、まあ逃げ出すにはちょうどいいやと。勉強してもバカにされなさそうだし、悪くないと。僕は怖がりで、後ろ向きの考えばかりを持ってました。

ちなみにソフトテニスは、京都市大会ベスト16までしか行けませんでした。無念。

 

高校時代その1 – F1との出会い

高校に入るといきなり、タイの高校から10人の交換研修生がやってきました。

英語が苦手だったので、最初は「嫌やなあ、ダルいなあ」と思ってた僕。ですが、最初に仲良くなった友達がホストファミリーとして受け入れてたので、なんとなく関わることに。

「嫌やなあ」と思っていたのに、結局3週間で2回もカラオケに一緒に行きました。(めっちゃ仲良くなってるやん。)英語、ちょっと勉強しよかなと思いました。

 

同時期、高校最初の試験前一週間。

歯磨きしながらボーっとテレビを見てたら、たまたまF1がやってました。

そう、これがF1との出会い。

F1を初めて見た時、全てはここから始まった。
2011年5月8日 なんでもない日曜日。いつもと変わらない日曜日。ゴールデンウィーク明けのダルさがまだ体に残っている。 その日もな...

そこでF1にハマり、その頃やっと覚えたインターネットで情報収集をしつつ、約二週間ごとのレースを楽しみにする生活の幕開け。

周りにこの面白さを話してみるも、誰も理解してくれない。
へそ曲がりな僕は、余計にハマっていきました。

 

その中間テストでは結構頑張ったおかげで、夏休みに交換プログラムでタイに3週間行けることに。というのもうちのコース、政府から「スーパーサイエンスハイスクール」とやらに指定されていたようで、その補助金のおかげで格安で海外研修に行けました。タイ3週間、3万円ほどだったと思います。飛行機、宿泊、食費込。安すぎ。

そこで少しきっかけがあり、帰国後僕は「人生で何したいんだろう」と悶々と考えてました。いや、小学校の時からずっと考えてたのですが、今回はもっとリアルに。そう、

 

F1のエンジニアになるか
世界を変えれるようなそれ以外の何かか

 

昔からずっと、どうせなら世界を変えたい、人類を救うような発明をしたいと思ってたし、そうするべきだと思ってました。でも、中々入り込めません。例えば人口光合成に興味があっても、ちょっとググってみたらなんだかめんどくさくなってしまって。

一方、F1で働くのはこの上なく楽しそうだったけど、世界を救うどころか、その逆かもしれないと。

最終的には、F1のエンジニアを目指すことに。

単純に挑戦してみたい、面白そうだと思ったのもありますが、もう一つ、強く感じたことがあります。それが、「他人を救う前に、まず自分を救えるようになろう」と。やっとこさ、今の自分に繋がりだします。

 

 

高校時代その2 – イギリス行きます

F1のエンジニアになりたいと思ったは良いものの、どうすればいいのか?
分からないから、とりあえずググってみました。現代っ子。

すると、Yahoo!知恵袋で、「F1目指すならイギリスへ行け」という回答が。

「よし、これはイギリスに行くしかない」

ということで高1の秋頃、(少し迷った挙句、)イギリスの大学へ行くことを決意します。F1目指して。まだF1見出してから半年ほどの頃。

 

秋から冬にかけては、ずっとリサーチ。同時に勉強にも本腰を入れ始めました。

冬に親に打ち明けますが、以前塾を1週間でやめたこともあって、無視されます。「なに戯けたことを」と。

食事のたびに打ち明け、喧嘩になりました。

でも諦めきれないので、春には親を無視して一人でイギリス留学フェアにも行ったし、親にも「自分はできるんだ、こうするんだ」というプレゼンをしました。

 

そうして迎えた高2は、勉強やその他の成果も出だし、楽しかったです。

研修ではオーストラリアや中国に行き、課題研究もうまくいき、苦手だった英語は学校でも5番以内に入ってました。留学経験者や自称英語好き・得意を抜いて、”英語嫌い・英語苦手”の僕が入り込んだので、笑われました。

親も「あれ、おかしいな」と笑ってました。

揃い出した結果を見て親は徐々に認めてだしてくれ、そこからはぶっきらぼうながらも、必要な時には手助けしてくれるようになりました。

最終的に、高校卒業2ヵ月前に、F1のエンジニアを多数輩出してることで有名なサウサンプトン大学から仮合格ゲット。サウサンプトンにしかapplyしてなかったので、ホッとしました。なんで滑り止め受けへんかったんやろう…。

 

 

イギリス一年目 – Foundation Course(とギャップイヤー)

ギャップイヤーは、3つのワードでまとめられます。

  • バイト
  • ブログ
  • 彼女

とりあえずお金がなかったので、まずバイトを始めます。あと、飲食業で一度働いてみたかったので。でも、バイトでひどい目に合って、こりゃどうしようかと思ってたところに、Twitterから光が差し込みました。

 

「自分の好きなことで稼げる方法ありますよ。」

 

絶対危ないやつ。
危ないけど、暇やしお金ほしいしやってみようと、連絡してみました。そこで紹介されたのが、ブログ。僕の人生を大きく変えた、もう一つの時です。

このブログは当初、お金儲け目当てで始まったのです。意外かな?

今でも続けてるのは、自分のメッセージ・想いを、書き残していきたいから。というか、自分のプラットフォームがあるというのが、どこか性に合うからです。お金儲けもたまに意識しますが、もうほとんどやってない…というかできてません。

同時期に、人生初の彼女ができました。てことで遊びまくりました。その後彼女とは遠距離恋愛になります。

 

そうして9月、イギリスへ。

一年目はFoudnation Course(大学進学準備コース)へ。
ですが、一年目は大失敗。最初の一週間以外は、ビビッて何も挑戦しませんでした。新しい場は想像以上に険しく、怖がりで何もしない僕に戻っていました。フラットメイトとは二か月間ほぼ口を利かず、ほぼ閉じこもってた時期も。もちろん英語も上達しない。

講義のレベル自体はほぼ高校でやったことだったので、大学にも行かず勉学からも遠ざかる。じゃあ何してたの?って聞かれると、うーん、ほんまなにしてたんやろな…。

正直、F1のエンジニアになるという目標も薄れてました。だめだめ。へなちょこ。ポンコツたぬき。

 

「ああ、なんもせんかったな」

そう思いながら一年目を終えて夏に一時帰国。家族や彼女、友達に久々に会えたのは嬉しかったけれど、なんだかずっとモヤモヤしてました。このままで終わりたくないなと。

 

イギリス二年目 – 運が良すぎた

秋にイギリスへ戻ると勉強に集中。

セメスター1は、毎日朝8時から夜10時までライブラリーで勉強。同時にF1を目指す上での登竜門?とも言える、Formula Student(学生フォーミュラ)も本格的に始めました。(学生だけでレースカーを作るサークルと言って、大きな間違いはないです。)

でも知識も英語力も圧倒的に足りなかった僕は、足手まとい。なはずだったのですが、もうじっとしていたくない!と出しゃばったら良いことありました。

おかげで一年後には、チームの一部門のリーダーに選ばれるまでなれます。(その成り行きは以下記事に)

イギリスの学生フォーミュラチームで、チーフ空力デザイナーになりました
こんにちは、イギリスで大学生してるわたぽんです。今日は近況報告。 イギリス・サウサンプトン大学の学生フォーミュラチームで、チ...

選ばれるために必死だったし、選ばれてからの6月も毎日12時間車を作ってたし、とにかく必死でした。ついでにノリで日本のレースカー会社である童夢社に連絡したら、インターンもできることになったので、ノリに乗って帰国。

そしたらこんなレースバカになってたから – じゃなくて結局は僕が彼女を大事にしていなかったからでしょう – 彼女と別れました。僕のイギリスでの慣れない生活を遠くから支えてくれた人が遠ざかってしまい悲しかったのと共に、梯子がかかりだしたイギリスでの挑戦にワクワク。複雑な時期。

 

イギリス三年目 – 悔しさと自分との勝負

迎えた三年目。
僕はそんな複雑な心境を紛らわすように、レース、設計、勉学にのめり込みました。「今が勝負。」そう思いつつも、去年の反省から「続けること、止まらないこと」を意識して毎日を過ごしていました。

でもそれじゃ足りなかった。

 

秋に出したF1チームでのインターン選考は全滅。面接にさえ呼ばれなかった。もう諦めるか…とはなぜか思わず、逆に僕は自分の限界を超えてみたい、超えなきゃいけないと思いました。

「続けること、止まらないこと」
確かにそれは大事だけど、時には全力で精神的にも体力的にも追い詰められた状態でやりくりしていかなきゃいけない時があるのだ、と。そしてそれは、今なんだと。

悔しいと言ってるだけじゃ何も変わらない
何も成果がないのに書くのって嫌なんですけど、やっぱり悔しいので書くことにします。 夏頃、僕は未来に思いをはせていました。 ...

僕はこの悔しい思いを機に、必死に未知の領域を歩いていきました。気づけば、周りに比べ人一倍、レースカー空力の設計について理解できるようになってました。

冬に、もう無理だろうなとは分かりつつも、最後の悪あがきと出してみたアプリケーション。それがF1チームでのインターンへと繋がりました。

夢が叶う時って、現実的に過ぎ去っていくみたい
こんにちは、イギリスで大学生してるわたぽんです。 ついにこれを書く日が来たのかと思うと、少しそわそわします。 「将来の夢は...

詳しくは上の記事に書いたけど、オファーをもらった後大学に新しいコースを立ち上げてもらい、ビザの要件を強引にクリアさせて、イギリスで一年インターンできるようになりました。不可能が可能になった時。

 

インターンを始めてしばらくした頃、僕のために新コース立ち上げに動いてくれた大学スタッフの方と会う機会があり、彼女はこう話しだしました。

「初めて君とあった時、君はまるで嵐のようだったよね。今はどう?少しは落ち着いた?」

少し涙ぐんでしまった。穏やかな、ある晴れた日の会話でした。

 

 

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僕には夢があり、夢を叶えるために好きに生きています。F1以外にも叶えたい夢100コというのも書きました。やらなきゃいけないことじゃなくて、やりたいこと。

 

これにて自己紹介は終わり。読んでいただきありがとうございます。そして、よろしくお願いします。(ペコリ)

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プロフィール

わたぽん(@wataponf1_uk)

イギリス・サウサンプトン大学でF1マシンデザイナーになりたくて学んでいます。イギリスに来て2年目にして、やっとイギリスのことが好きになりだしました。ブログの主なテーマは「夢を追う僕の生き方」と「イギリス留学」です。完全なる趣味で運営してます。 詳しいプロフィールはこちら


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