【7】おとぎ話の島での、おとぎ話のような一日 – スカイ島

スコットランド旅行を記したエッセイ。毎週木曜日、日本時間の午後9時くらいに更新。全10回ほどの予定。


スコットランドへ行った際、どうしても立ち寄りたい場所があった。スカイ島だ。

結構北にある。

そもそもイギリス自体が意外に高緯度に位置しているのだが、スカイ島はその中でも、かなり北だ。ロンドンから日帰りでいけるような場所ではない。

対して、人里から完全隔離された場所というわけでもない。

夏にはスコットランドの中でも、注目の観光スポットとして取り上げられることになる。自然が豊かなのだ。僕はTwitterの「死ぬまでに見たい絶景bot」かなんかで、最初にその壮大な自然を知った。たしかに死ぬまでに見てみたかった。ぜひTwitterで、「スカイ島」と検索してみてほしい。

しかし実際に訪れた時は、ほとんど前調べさえしていなかった。
むしろ、あまり気にしていなかった。

自然というのは、車で通り過ぎる時にでも見られるだろう、と。

代わりに、僕の頭の8割を占めていたのは、ウィスキーである。スカイ島のウィスキー、そう、”Taliskar(タリスカー)”だ。蒸留所にどうしても足を運びたかったし、夜はたとえどんな邪魔者が入ろうとも、スカイ島の店でタリスカーを飲んでから寝ると決めていた。僕は決めてしまうと、結構頑固なのだ。

 

ちなみにスカイ島の名は、空が由来になっているわけではない。

英語で書くと、Isle of Skye。
空は英語でSky。
英国でF1を有料放送してるのは、Sky Sports。
ブラッドリー・ウィギンス等をようし、ツール・ド・フランスを席巻したチームは、Team Sky。

とにかく、スカイ島は空の島ではない。
名前の由来は色々唱えられてはいるが、公式見解のようなものはないようだ。

 

タリスカーの蒸留所は、島の中でも中央、あるいは北の方にある。イギリス本島と繋がっているのは、南側。Skye Bridgeという橋で海を渡り、そこから車でさらに45分ほどかかる。

蒸留所への道は、片道一車線の快適な国道から、最後は車1.5台分の幅の道を通り過ぎ、やっとの思いでたどり着ける。鳥類の足跡のような形をした島は、想像以上に大きい。地図で見る大きさと、実際に感じる大きさは、全くの別物だ。

 

同様にウィスキーの作り方も、実際に蒸留所を訪れて初めて知ること、感じることが多々ある。例えば、そこに流れる風や香りは、その場所でしか分からない。

 

あいにくというか、その日は幸せな晴天日だった。

タリスカーと言えば、ボトルに描かれた荒れ狂う海と共に記された”Made by the sea”というコピーが印象的だが、その日は潮風の気持ち良い、穏やかな日。冬の日本海のような光景を想像して来たので、少々面食らった。が、どう見ても美しく、落ち着いた景観に一目惚れした。

ポカポカの海沿い。蒸留所見学後、ベンチに座って持ってきたサンドイッチを食べた。

 

最近ではウィスキー蒸留所も、重要な観光スポットとなっている。

タリスカーは、ディアジオ社という酒業界屈指の巨大企業の傘下である。BMWの傘下にMiniがあり、FerrariにはFiatという親会社があるように。

親会社の方針でもあるのか、タリスカー蒸留所はウィスキー業界の中でも観光には力を入れている方だ。面白いし、行けばきっと、感動する。そしてタリスカーのペッパーが印象的な塩っ辛さに、納得する。水が豊富なところに温泉街があるように、蒸留所の周りには美しく豊富な水が揃っている。

もしあなたも行くであれば、Classic Maltsというウェブサイトに登録するのがおすすめだ。無料会員になるだけで、ディアジオ社参加の蒸留所で、無料見学や試飲を楽しめる。スタンプラリーにもなっているようだ。全く、うまく考えられている。僕は結局、7割方コレクトしてしまった。

 

Driving in Skye

スカイ島は、ドライブにも面白い。なんせ、「スコットランドが一つの島で体現されてる」と言われることもあるほどだ。。

しかし正直言うと、僕は少しうんざりしていた。

橋から繋がっている島のメインロードは普通の田舎道がほとんど。整備はしっかりされている方だが、所詮、片道一車線。島の南側から端やフェリーを通して来ると、だいたいここを通ることになる。

絶景が続くわけではない。もちろん、普段街で生活している人にとっては、そこは美しい田舎なのだが。あいにく、僕はスコットランド北海岸を制覇してきたすぐ後だった。

8月の半ば、観光シーズン真っ只中。
車も多い。

時々、遅いトラックなんかの後ろに列ができる。綺麗な景色も、車が多すぎると霞んでしまう。

 

また列に引っかかってしまった。

僕は思い切って、道を曲がってみた。

片道一車線なのに変わりはないが、主要な町を結ぶ道路からはぐれた格好となる。どうやらそこが、スカイ島の”当たり”だったようだ。

車の数は見違えるほどに少なく、アップダウンに富んだ道は、草花と海に囲まれている。

夏の幸せな、スカイ島のひと時。

車の窓も全開し、目いっぱいに風を吸い込む。吐き出す。

蒸留所の後、Dunvegan Castleに立ち寄った。別にお城に詳しいわけではないのだが、その時どうしても、お城に行きたかったのだ。たまにあるだろう。古くに貴族階級の人々に愛された場所や物を見るのは、不思議な気持ちになる。

城の中は撮影禁止だったが、外には広くて綺麗な庭が開かれていた。

城の出口で、スコットランドの民族衣装に身を包んだ案内人と話しかけてきた。

「楽しまれておりますか?」
「もちろんです。今日はよく晴れていて、とても気持ちが良いですね。」
本当に気持ちの良い日だったのだ。
「今は3時前、まだまだ陽は高いです。ぜひごゆっくりと。」
「そうですね。夜のビールを楽しむためにも、もっと歩かないと!」
「ナイスアイデア!ご最もです。」

 

スカイ島盛り合わせディナー

そろそろ夕食に向けて、考え出す頃だった。

スカイ島で最も栄えているのはポートリーという町だが、あいにく、一夜を超せる良い感じの駐車スペースがすぐに見つからなかった。というか、あまり探す気が起きず、さらに北、Uigという町に向かった。

(ちなみにポートリーは、時間をかける価値のある町だ。)

都合の良い場所を要領よく見つけると、ガイドブックに書いてあった良さげな店に入った。

 

レストランの名は、Ferry Inn。

飲み物も充実しているから、新しい形のパブ、と言っても良いかもしれない。少し学生にとっては高かったが、今日はここでタリスカーを飲むと、決めてきたのだ。それ相応の食べ物だって、必要になる。

僕は悩んだ時のお決まり、本日のおすすめ品を頼んだ。なんと、つい1時間半前にUig港で引き揚げられたばかりという、Langoustineだ(!)…(?)…らんぐおうすてぃんってなんだ?

まずはビールを飲みつつ、待ってみた。Uigには、エールビールを作っている所もある。スカイ島の地ビール。中々においしかった。

すると、突然やってきた。

想像の外から突然降ってきた豪快さだ。食べるのをはばかられるほど、Langoustineは生き生きと積み上げられている。帰っていこうとするサーバーを捕まえ、タリスカー10年を頼んだ。

獲れたてのシーフードと、”海に作られた”ウィスキー。涙が出るほどおいしい。僕はイスに座りながら、夏に公園に落ちたアイスクリームのようにとろけていた。

幸せだ。

 

タリスカーは、僕にとって忘れることがないウィスキーである。Langoustineを少しつまんだところで、タリスカー・スカイを注文した。頭の中に、以前飲んだ情景を思い浮かべている。

 

タリスカーのボトルを買ったのは、クリスマス直前のことだった。

Amazonで安くなってたので、適当に買ったのだ。ちょうど、何か月もかけて飲んでいた別のウィスキーがなくなりかけていた。

タリスカーの特徴は、キリッと食い込んでくるような塩っ辛さと、ピリッと刺してくる胡椒のような刺激だ。それでいて、爽快に駆け抜けていく。後腐れは一切ない。

一口目は、結構辛い。初めて炭酸飲料を飲んだ時のような感覚だ。人によっては、その後一生、飲むのが嫌になるかもしれない。僕はそこを我慢し、二口目、三口目と進んだ。すると四口目と五口目は、自動的にやってくる。ようこそ、タリスカーの世界へ。

絶えず訴えかけてくる潮の香りに、冬の荒れたスコットランドの海を思い浮かぶ。

僕はその情景の中で、クリスマスと年を越した。

 

タリスカーには、その冬お世話になりっぱなしだった。

インターンの面接に落ちたと思った時も、迷わず飲んだ。
面接に受かったのに、大学の都合で無理だと言われた時も、グラスに注いだ。

粉々に砕けた夢の破片を眺めながら、静かに飲んだ。飲まずにはいられなかった。絶望の中で、週末を飲み明かした。僕の恩人と会ったのは、そのすぐ後の月曜日だった。僕がF1チームで一年インターンができるよう、大学に新しいコースを作ってくれたのだ。

祝いの一杯は、もちろんタリスカーだった。

 

もう一杯飲んだところで、薄暗くなった空の下、店を出た。

 

 

スカイ島の幸福な朝

このことについては、既に先週の分で少し書いてしまった。

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Uigから北東方向に、山を登る道がある。

山は少し登ると、すぐに傾斜が緩くなった。高台のようだ。どうでもいいことだが、僕は高台という土地が大好きだ。

羊がたくさんいる。放牧だろうか?近くに柵があったりするのだが、明らかに羊には低い柵だった。場所によっては、地面が少し掘られ、羊が柵をくぶり抜けるには十分な空間もあった。羊たちが夜の内に掘ったのだろうか?うん、かわいい。

柵の外に出た羊たちは、誰もが必死に草を食べていた。
それを眺めながら、僕は朝ごはんを食べた。

 

少々路面は悪いが、スカイ島の中で一番楽しかった道だ。晴れていたのもあるが、草原はキラキラとして、時々川が道の近くにやってきて、羊はあちこちで顔を草に突っ込んでいる。おとぎ話のように、平和で穏やかな光景だった。

今回は何も知らずに通り過ぎたのだが、この辺りはハイキングや自然散策にも最適だ。ツイッターで取り上げられるような絶景もこの辺りにある気がするが、結局よく分からなかった。

 

行きと同じ橋を渡ってスカイ島を出た時、おとぎ話は終わった。暗い雲が近づいているのが見えた。

 

第7回あとがき

スカイ島を去る時の道中、僕はついに目にしてしまった。

引き潮で露出した地面で、せっせと海藻を食べる羊…。

以上、わたぽんでした。ほなね!



わたぽんの簡単な自己紹介

わたぽん(@wataponf1_uk)
高校生の時に「F1マシンをデザインしたい!」という夢を抱き、F1の中心地:イギリスへ。サウサンプトン大学で宇宙航空工学を専攻中。未熟で失敗ばかりするも、その度に這い上がってきた。そして渡英4年目には、念願であったF1チームでのインターンも獲得。自分と未来を信じて、夢は叶えられると証明したい。詳しいプロフィールはこちら

ブログ「わたぽんWorld」について

僕、わたぽんの「F1のエンジニアになる」という夢を叶える道を綴るブログ。2014年に運営開始。夢に近づけば近づくほど、更新頻度が減っていきます。
テーマは夢とイギリス留学。僕の生き方が励みになると言っていただくことが増えてきて、とても嬉しいです!

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プロフィール

わたぽん(@wataponf1_uk)

高校生の時に「F1マシンをデザインしたい!」という夢を抱き、F1の中心地:イギリスへ。サウサンプトン大学で宇宙航空工学を専攻。そして渡英4年目には、念願であったF1チームでの1年インターンも獲得。現在は卒業し、日本でF1から離れ生活中。 詳しいプロフィールはこちら


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