天才F1デザイナーの背景 – サウサンプトン大学風洞と英国におけるモータースポーツ
僕がイギリスのサウサンプトン大学に進学したと言うと、多くの人は「サウサンプトンってどこや?」と疑問に思うようです。そういう時はいつも、
「タイタニック号が沈む前に出航したイギリス南海岸の港街やで。」
と答えます。
「ああ、歴史があって良さそうなところやね。」と周りもなんとなく分かってくれる。他には、日本人プレーヤーも所属しててサッカーチームも有名ってとこでしょうか。
しかし、僕がサウサンプトンに来たのはタイタニックでもサッカーでもありません。多分、彼の影響が大きかったと認めるべきでしょう。
“エイドリアン・ニューウェイ(Adrian Newey)”
F1屈指の天才デザイナー、あるいは優勝請負人とも称され、エアロダイナミクスを活用した数々の”最速F1マシン”を設計してきたニューウェイ氏。彼は他ならぬ、サウサンプトン大学の卒業生です。
僕がF1エンジニアになりたい、空気力学を専門にしたい!と思った時、ニューウェイ氏とサウサンプトン大学の名は真っ先に出てきて、結局それ以上の候補は見当たりませんでした。
そんなニューウェイ氏の自叙伝が出たと知ったのは、オフィスでのこと。
F1チームでインターンをしている時、同僚が持ってきていました(敵チームのデザインボスの本をオフィスに持ってくるのもよく考えたら笑えるけれど)。
かなり面白そうなのは一目瞭然。
タイトルは、”How to Build a Car”。
表紙にはF1マシンのスケッチ。
本の合間にも、ニューウェイ氏のスケッチが散りばめられている。
帰ってすぐ買っちゃった。
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さて、ここからも本の紹介をしてもいいのだけれど、どうせなら本には書かれてないことでも。
実際に僕がF1を目指して、イギリスに来て、サウサンプトン大学に通って…この本の舞台裏…というか背景のような部分を少し紹介できたらなと。
ネタバレは最小限(のつもり)なので、ぜひ読む前にもどうぞ。
サウサンプトン大学と風洞
ニューウェイ氏の本の中には、度々”University of Southampton”が出てきます。
サウサンプトン大学は年々拡大し、当時(1980年頃)と今(2017年)では、大きな違いがあります。当時からの建物は、現在の全体の半分も占めてないかもしれません。
そんな昔から残ってる建物の一つ、それが風洞です。
トンネルの中に風を送り込むことで、実際に物体が走行・飛行している様子を実験できる施設。
ニューウェイ氏が大学で使い始め、10年後F1で働いてる時にも使ったという、サウサンプトン大学の風洞。現在では大学内に、大小3つの風洞があります。その内の2つは、実際にニューウェイ氏がF1開発でも使った風洞です。
7′ × 5′ Wind Tunnel
1つ目の風洞の歴史は結構古め。
かつてF1チームの使う風洞と言えば、インペリアルカレッジの風洞か、サウサンプトン大学の風洞。何が特別だったかというと、送風スピードに合わせグラウンドベルトが動くようになってました。
いわゆる、moving belt。
だから、F1マシンのように地上を走る物体の実験には適してました。グラウンドエフェクト時代には必須。上の写真は、僕達が実際にFormula Student(学生フォーミュラ)のフロントウィングをテストした時のものです。
他にも、サウサンプトン大学の宇宙航空工学科の学生は、2年生時にここでウィングの剥離などの実験をします。(この実験レポートは採点が鬼畜として知られています…。容赦ありませんでした…。)
3年生やマスターでも、研究テーマによっては使うこともあります。
かつてF1マシンが開発されていた場所、それもニューウェイ氏がかつて奮闘していた風洞を使えるなんて、夢のような出来事です。
建物自体にも時代を感じます。
基本は木造の風洞。
三層、いや四層構造(?)になっていて、実験スペース下部には簡易キッチンもあるという、引きこもりに優しい仕様。そこから少し階段を上がると実際に実験する場、そしてそこを上から眺められるように、オペレーションルームがあります。
もう一つが、風洞の上にある”屋根裏”エリア。ここは空力の歴史の宝庫。
かつて使われたなにかの風洞モデルが、文字通りゴロゴロ転がってます。中にはレースカーも。
F1マシン?インディーカー?F3?それともただの学生のプロジェクト?
風洞担当者も、「ずっとある」としか言いません。言えません?
普段はちらっとしか見せてもらえないものの、僕達がF1を目指してる学生だと知ると、快く見学させてもらえました。
でも写真はさすがにアップできない…。
R.J. Mitchell Wind Tunnel
もう一つ。サウサンプトン大学で有名なのは、実はこっちの方。
R.J. Mitchell Wind Tunnel。
ここもFormula Studentで一度使わせてもらいました。が、これ本当に1920年からの歴史のある大学の実験施設??と疑いたくなるようなもの。
巨大な建物、綺麗なエントランス。
そして階段を上った先には…
40%のF1マシンも入るサイズ。(写真はまたまた僕らのFormula Studentマシン。)moving belt付きとしては、かなりでかい。
ニューウェイ氏の本にも出てきていました。というか、彼が付き合いのあったサウサンプトン大学教授とかけあい、その教授がコネを伝って他の場所にあった風洞を大学に移転したというもの。あれ、じゃあ元をたどればニューウェイ氏の希望から出来た風洞?笑
ちなみにここの倉庫も、お宝満載。
写真のアップロード等、もちろんご法度。○○社(世界的大企業)のノーズが転がってたり。
今ではツールドフランスを席巻したTeam Sky、あるいはWRCのラリーチームなんかが実験に利用したりしています。でも残念ながら、今のF1にとってはこれでも”小さすぎる”のです。
オペレーションルームには、インディカーの写真や絵もいくつか飾られています。担当者に聞くと、全部「この風洞から生まれたマシンだよ」とのこと。って1990年頃、インディカーでチャンピオンを何度も取ったチームのマシンやん。
「あはは、そうだね」
と笑顔になる担当者。優しい方達でした。
ニューウェイ氏はモータースポーツが盛んな国で育った
そんな風洞を見て嬉しかったのは、僕だけじゃありません。
一緒に行動してたイギリス人学生達も、風洞テストが決まった時から興奮しっぱなし。ぜひ中を見てみたい!という人もたくさん。モータースポーツが当然のように”好きなスポーツの一つ”としてある中で、育ってきた人達です。
そんなイギリスの中でも、特にOxford – Northampton周辺はモータースポーツ産業の中心地。
例えば、ニューウェイ氏のかつて在籍したチーム:マーチの本拠地としてBicesterという町が度々出てきました。あるいはRedBull F1のあるMilton Keynes。あるいはBrackley。
みんなオックスフォードの近くにある、小さな町。
そしてMilton KeynesやBrackleyは、ワールドチャンピオンチームの本拠地。
「オックスフォードで飲んでいると、隣がF1関係者だった…」という話を聞いたことがあります。が、大げさじゃないでしょう。なんせ多くのF1関係者が、このエリアに住んでます。その中で立派な飲みどころ・遊びどころといえば、オックスフォードしかありません。笑
ちなみにコッツウォルズが近く、夏は特に美しい場所。住むのには落ち着きます。
Stratford-upon-Avon(ここもオックスフォードの少し北)で生まれたニューウェイ氏は、家のガレージに様々な工具があったと書いています。
これも、イギリスでは結構見かける光景。
イギリスの親父たちには、なぜかDIY好きが多い。
なんでだろう?とずっと疑問だったけれど、もしかしたら”なんでもすぐに壊れるけど、意外と少しいじればすぐ直る”ものが、イギリスでは当たり前だからかもしれません。
ちょっと壊れたぐらいなら、自分で直す。
古ければ古いほど良い。
そんなイギリスの文化が、DIY好き人口を増やし、その中から車や自転車なんかの機械物に手を出す人が出てくる…。車だって、ちょっと調子悪いぐらいじゃ余裕で乗ってますからね。クラシックカーもわりとよく見かけます。
(僕も家のガレージで自分の車をいじってみた。ニューウェイ氏が子供の頃に入り浸ったというガレージも、こんな風に楽しんでいたのかな、なんて。)
そんな文化が根底にあるから、ニューウェイ氏の家も似たようなものだったのかなと。
僕がかつてホームステイをした家も、ガレージは工具と色々なパーツで溢れてました。車と自転車が好きな僕のためにマウンテンバイクの点検をし、一緒に連れ出してくれたホストファザー。もしかしたら、あれがイギリスらしい家庭の一例だったのかなと。今思えばですけど。
サウサンプトンに住んでいる時は、街ということもあり屋根付きガレージがある家が多かったわけじゃないけれど、それでも自宅ガレージは彼らの秘密基地でもあるのです。
他にも、夏には充実した車・モータースポーツイベント達も。この前、一つのマイナーイベントに行ってみたけれど、想像以上に盛り上がってました。
写真はロータス・エスプリ。
レース以外のイベントの目玉で言えば、Goodwood Festival of Speedでしょうか。
本で出てくるのは9月にあるヒストリックカーの祭典の方なのですが、6月に行われるこのイベントも場所は同じ。そういえば、僕が行った2016年も、ニューウェイ氏が2008年頃のトロロッソF1のマシンを運転してました。
時々イギリスに留学してる友達も、
「BBCとか見てたら、F1のことちらほら見かけんで。ほんまにイギリスではF1って盛んやねんなあ。」
と教えてくれます。
F1が、モータースポーツが文化としてあるって、こういうことなのかなと、感じながら生活しています。そしてニューウェイ氏も、そんな環境の中で育ったのかなと。
わたぽんのまとめ的なにか
この本はニューウェイ氏の自叙伝であり、かつ今まで彼がデザインしてきたマシンの舞台裏を明かした、興味深い本でもあります。F1ファンからすれば、F1マシンをデザインするということ、F1チームで働くということがどういうものか、垣間見れる本。
そして、これはとあるイギリスの少年の、歩んだ道のりでもあります。
たしかに彼の家庭は比較的裕福だったのかもしれませんが、それでも一般的家庭から、一般的な大学を経ての話。ある意味、モータースポーツ好きにとって、イギリスで育つというのはどういう感じなのか覗ける本でもあります。
もちろん、単純にアメリカでのインディ時代や子供時代の話も面白かったですけどね!
すべて英語の洋書ですが、英文自体の難易度は高くはありません。ただちょっと長いので、一つのプロジェクトとして見るのもいいかなと。ニューウェイ氏が理想のレースカーを、少しずつデザインしていくように。
F1ファン、そして全てのF1を目指している人達へ。
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わたぽんの簡単な自己紹介
わたぽん(@wataponf1_uk)
高校生の時に「F1マシンをデザインしたい!」という夢を抱き、F1の中心地:イギリスへ。サウサンプトン大学で宇宙航空工学を専攻中。未熟で失敗ばかりするも、その度に這い上がってきた。そして渡英4年目には、念願であったF1チームでのインターンも獲得。自分と未来を信じて、夢は叶えられると証明したい。詳しいプロフィールはこちら
ブログ「わたぽんWorld」について
僕、わたぽんの「F1のエンジニアになる」という夢を叶える道を綴るブログ。2014年に運営開始。夢に近づけば近づくほど、更新頻度が減っていきます。
テーマは夢とイギリス留学。僕の生き方が励みになると言っていただくことが増えてきて、とても嬉しいです!
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